ひさしぶりに楽器に電気を通して鳴らすことができるようになった話。まずは思い出ばなしからしよう。
高校生のとき、はじめてエレキギターを手に入れたときに、初心者セットのトランジスタアンプをいっしょに使っていた。それからヴォックスの小型の真空管アンプも試してみたことがあった。
大学にあがって東京に引っ越したとき、それらのアンプは実家においたままにした。そもそも田舎の実家にいてさえ、ギターはうるさいからあっちでやってろという家庭の雰囲気があって、離れの小屋の二階にベッドを持ちこんで、そこでだけ夜な夜な音を出して遊んでいた。まして都内のワンルームのアパートはそもそも楽器禁止と入居規約に書いてあって、こっそりギターを持ち込んで息を詰めているのがせいぜいだった。
大学のサークル棟の音楽室を根城にしていて、サークル間で割り当てた決まった時間にだけ音楽室にいったらアンプを通して練習ができた。それだけで十分だったのは、たかだかそれくらいしか熱心でなかったということでもあった。サークルのともだちは騒々しいアパートに住んでいて、楽器禁止の部屋にベースアンプを持ちこんで、近所で騒音があって迷惑されたときに当てつけに爆音を出して苦情を押し付け合っていた。そういう度胸がぼくにはまだなかった。というか、いまもなさそう。小心者なんです。
大学の後半になるとサークルからは卒業ということになって、音楽以外に興味のあることとか、そもそも就活とかインターンとかの些事でウワウワとなりはじめる。やがて音楽あそびからは離れて、ぼんやりとしながら仕事に就いた。聴くほうはたまに熱心になったりもしたけど、演奏するほうはとんと不沙汰になった。よくある流れとはおもう。
そうはいっても楽器をまるごと手放すところまではいかないで、なんだかんだと引越しのたびに持ち歩いてはいた。いや、外国に出かけているあいだは実家に放置したりもしていたが、都立家政に引っ越してすこし落ち着いたころから、たまに取り出して暇つぶしの爪弾きをまたするようになった。
学生のときに数度だけプロのジャズ演奏家に個人トレーニングを受けたことがあった。そのときに伝授されたセオリーを不意におもいだすようになった。当時にはいわれたとおりのことがまったく心に響かないで、好き勝手により好みした自己流トレーニングに走っていたことをおもいだして、あまりに筋が悪すぎてなにひとつ身につかなかったんだなと反省した。しかし若さが脱落するというのもたぶんよくあることで、ふたたびいちばん基礎のところから気分の勉強をやりなおすことが増えた。ごくスローではあったけれど。
東松島に引っ越してきて、近所にすばらしいジャズ喫茶をみつけた。それがすばらしい転機になった。いい音楽をいい音響で聴いているうちに情熱がチクリと刺激されたよう。昔からもっていたスタンダード本をもういちど引っ張り出してきてながめるようになった。音をたしかめながら譜面をなぞっていくときに、大事にしてきた楽器をまたちゃんと使うようになった。するとだんだん欲がわいて、ちゃんと音を出せるようにアンプがほしくなった。十五年ぶりに!
サークルのともだちに相談しながら、ヘンリクセンというアメリカのメーカーのアンプをえらんだ。名前は The Blu Six といって、みためは小さく 6kg もないけれどやたらおおきい出力もだせる。あんまりたくさん流通している製品じゃなかったもので、近くの楽器屋さんで試奏みたいなこともできなくて、オンラインで思い切っておおきな買い物をした。十年前のシールドは接触が悪くなってしまっていたから、それもあたらしいのに取り替えた。あまりない買い物ですこし心配はしていたけど、クリーンですばらしい音がして満足した。下手の横好きと割り切れる年にもなれたわけで、こつこつとまたやってみようとするものなり。